Bad Summer Day Blues

「感情を高ぶらせてペン先から煙を出すためにはそれなりの覚悟ってヤツが必要だ」

ケーキをつくりなおす(または、中途半端さについて)

 バンドは水物だなんて言ってたつしまみれというバンドも今年の頭にドラマーが脱退して、そういうことに対するなんだか切ない気持ちというのは日々抑えられなくなってきているのだけれど、思えばバンドという分かりやすい媒体が無いだけで、僕たちは日々生活の中から何かに加入して、何かを脱退するという体験を得続けるのだと思う。物を捨てたり、家を変えたり、何かしらの一連の流れからの「脱退」や「加入」を繰り返し、海産物として自らの人生を泳ぎ渡る。

 信念のある生活は特別なものにも見えるけれど、信念どころか、取り立てて決まったルールすら無くたって僕たちは自分たちの生活に好きなだけ寄生することが出来る。泳ぎ方がどうでも、どんなルートでも問題は無く、何故なら泳ぐこと自体が生活の目標であり、その総体は因果というにもやや偶然性が勝ちすぎているから。何らかの信念もいずれ砕けて、その信念は一連の流れが崩壊したがためにすでに過去においても信念ではない。そういった脱退の流れを脱退するには、我々がこの生活そのものから脱退することでしかなし得ない。

 それほど偶然性が左右する日々を送ってきたものだから、なくしてしまったものが手元に戻ってくることなど有り得ないとなんとなく知っている。今まで財布を2度落として、その2度とも手元に戻ってくることはなかった。たとえ腕時計を分解して一呼吸整えた後に戻そうとしても、僕はその方法を知らず、なんなら自分の呼気で小さなネジが飛んでいってしまうだろうと考える。失ったものを取り戻すためのエネルギーより、新しい何かを探し求めるエネルギーの方が前向きで、有意義だと思う。

 それでも、何かが戻ってくることがあるのなら、それは大いに歓迎すべきで、例えばバンドの再結成なんてそんな感じだと思う。戻ってこないと諦めていたものが戻ってくる、そんなタイプの人生に何度もあるかどうかという奇跡が実際にあるということは、とても嬉しいことである。

 

 2015年2月に解散した未完成VS新世界が、今年の秋に戻ってくる事になったという。バンドが再結成するということが、純粋にこんなに嬉しいことだったとは、考えてみたこともなかった。人生にもしもが無いのなら、バンドの生涯にももしもは無くて、それなら解散も必然ではないかなんて思って自分を慰めてしまうから。

 彼らは、売れない焦燥、バンドマンの、表現者のスレスレで青い部分を歌い上げて、演奏して、それ故に売れなかったし、解散した。だから、僕のイメージする「未完成VS新世界」は、一度壊れたら戻らないし、だからこそ美しいものだった。そんな彼らが戻ってくるとしても、多分普通に考えたら抵抗が無いわけがないし、むしろ「ダサいな」なんて思ってしまうんだけれど、今回に限ってそんなことはなかった。再結成は純粋に嬉しかったし、むしろ僕にとって何かを後押しされるような感じがした。未VS新フロントマンの澤田本人は「今僕は32歳と決して若くはない訳だけど自分がなりたくないと思っていた大して売れてない何かしらの夢見てやってるおっさんバンドの仲間入り」なんてブログに書いているけれど、僕にとってはそれでもスレスレの表現を続けてくれる、僕の感情の一部を担保してくれるということがすごく心強く感じる。

 「東京に住んでいるあの娘は/福岡から上京してきた背と胸が小さい女の子」という歌い出しから始まる、「ケーキをつくる」という彼らの曲があって、これは本当にすごい一曲であると思っている。バンドマンの僕とドラムが叩ける女の子の出会ってから別れた後までのことを歌うだけの何でもない歌なんだけれど、思春期よりもずっと遅い、大学生よりも余裕が無さそうな、フリーターでもやりながらギターを弾いていそうな表現者としての青春そのものがヒリヒリと響いてくるので、とても切なくなってしまうのである。

 歌の中盤で、僕と女の子は何かを諦めて、東京に帰化する。僕がまだこの恋を精算出来ない間に、女の子は過去の恋を「思い出」として受け入れ、少しずつ都会での生活を体得していく。男が電話越しに言われた「悩んでもいいけど、迷っちゃダメさ」という言葉に触れ、男はまた、昔2人で描いていた「いくつかの夢」を思い出す。…それだけの曲なんだけど、優柔不断で、でも才能はもしかしたらあるかもしれないよな、という繊細な男と、人間が出来てて、抜けてるところもあって、それ故に東京に上京してもやってこれて、それでも男の生活不適応っぷりに疲れて関係をやめて、生活に戻っていく女の子、というこの「ちょうどいい」質感が僕の等身大にバンバン響いてしまう。「悩んでもいいけど、迷っちゃダメさ」って言葉は本当に今でも毎日思い出すくらい好きで、その思い入れも相まってとても特別な歌に聴こえるのである。

 一度は普通の生活に戻ろうとした未完成VS新世界が、かすかな夢を頼りに音楽に戻ってくることは、改めて言っても本当に嬉しい。再結成という行動は、もしかしたらフェイクに映るかもしれないし、自分自身の信念にとって中途半端な態度でしか無いのかもしれない。中途半端さ、というのは、ある種の人間にどうしても付きまとう感覚であって、願わくば振り切りたいものでもある。だけど、未完成VS新世界というバンドが、一度諦めきったものに再度手を出して、形をいくらか変えてでも続けたくなってしまう、その音楽に対する偏屈さと、信念に対する中途半端な誠実さ、そして、その構造そのものからアウトプットされる音楽の誠実さに僕は勇気を貰える。人は変わらぬ信念を持ち続けるべきだ、なんてところから程遠いところにいる僕にとって、その生態そのものが、バンドの奇跡みたいに見えてしまうのである。

 

 多分、僕たちも、あらゆる興味に対して中途半端で良いのだと思う。あらゆるぎこちない信念はどうでもよく、体も極力身軽にしておいて。ただ一つ、「悩んでもいいけど、迷っちゃダメさ」という言葉だけを頼りに、僕たちは生活を泳ぎ継いでいくのだ。


未完成VS新世界『東京と金木犀』

「アンコール!アンコール!」これほど力強いアンコールもなかなかない(思い入れバイアス)